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2003年4月の日記

4月1日(火)  4月になれば私は・・


















あー、いよいよ4月だなー・・・
気を引き締めてぴっ!として仕事的にはスタートしたいところですが、まだ桜は咲いてるし、これからいよいよ次々にいろんな花が咲いてくるし、私の誕生月だし♪・・で、なんとなく気もそぞろの4月です。

・・♪フンフンApril come she will〜♪・・と4月になると自然とサイモンとガーファンクルの「4月になれば彼女は」が鼻歌で出てしまいます、古い?(^^ゞ
自然の中でぼーっとして空でもながめていたいなー、と(いつも)いっときぼーっとしてははっと我にかえり仕事バタバタ(^_^;)

今日もそんなこんなで仕事して郵便局に行って・・・と、郵便局から出ると、向かいの小学校の桜の花びらが風に吹かれてさらさらはらはら、、、ああ、もう散り始めたのねー、しんみり・・

* 例によって車で待つ主人を気にして急いでパッパッと写す(^_^;)
春休み中の小学校・・・真ん中の葉っぱになっている低い木はさくらんぼの木。さくらんぼの実がなると、いつも気になって・・誰が実をとってるのかなー?誰が食べるのかなー?・・って(^^ゞ

No.72

4月5日(土)  「悪徳ジャングルズ」
3日前に、スタジオDo!のBBSから「悪徳ジャングルズ」というバンドさんの新設HPに行って「密林密談」というBBSに書きこんでいました。義人さん(横道坊主)と槙さんの「FMR−1」にゲスト出演した話と、槙さんを悼む文が載せてあったからです。そしたらきのう、ギタリストのCAKE(ケーキ)さんからレスがあり・・嬉しかったので、一部紹介を・・

「槙くんはラジオで一緒した後、直接ライヴにも足を運んでくれ、打ち上げにも顔を出してくれるなど、義理堅い真摯ないい男でした。「リボン」に込められた想いは、少なくとも長崎人なら誰もが大なり小なり抱えているものという気がしてます。横道坊主にしてもそうですが、この街が抱えている1945年8月9日の歴史が持つ意味は、こんな現代こそ、大きな声でアピールしなければならないもの、と思います」・・・と、「悪徳ジャングルズ」のギタリストのCAKEさんでした。☆ありがとうございました(*^_^*)

そしてそして、そのあとにまたFUMIさんという方とべーシストのNobuoさんのレスがありました♪ Nobuoさんも兄健一さんとの交流や弟友博さんがライブにきてくれるということなど書いてくださってました。私も「悪徳ジャングルズ」のライブに早く行きたいなー♪


☆悪徳ジャングルズ(やさしそーな方ばかりです、コワクナイ^^
 http://members.jcom.home.ne.jp/jungles
No.73

4月6日(日)  桜はらはら、、、桜餅腹腹。。。


















春休み最後の日の最後の日曜日、ムスコタも部活がお休みだというし、天気はいいしで、どこか行きたいなーと思いましたが、結局どこへも行きませんでした。ムスコタは鼻ぐすぐすで少し熱っぽいし、ムスコタパパは先週合気道でまた頑張りすぎて?ギックリ腰の何歩か手前の感じなので、あきらめて家でゆっくりすることにしました。

桜ももうおわりかなー、今日は花見はどうかなー、ハタ揚げもあってるよねー、ハウステンボスはどうかなー、バイオパークの猫ちゃんを抱っこしに行きたかったなー、それより今日はほんとは波佐見の桜陶祭に行きたかったなー、などと思いながら、この前友人からもらったさくら紅茶を飲んで桜餅を食べました。そしたら、さすが花より団子、なんとなくそれなりに妙に満足の方向に気持ちが向いて、おかげさまで一応帳面がどうにか合った感じの一日となりました(^_^;)


* 左写真は丁度いちごの花びらがはら、と散って桜の花びらのよう・・(^m^) 
でも紅茶缶が光って真っ白(^_^;)・・なんで?30万画素だから?というわけで主人のデジカメを借りて写したらお気に入りのラベルがやっと見えた♪
No.74

4月6日(日)  どこにも行かない日曜日


















4月6日の日記第1弾で書いた理由で、どこにも行かない日曜日・・さて、庭の草むしりでもしようかなー・・と思ったけどやる気も失せるこのすごさ・・これ庭?前から近所でも雑草で有名な庭ではあった、、、ずっと前は一面月見草畑になったり、ススキが原になったり・・(^^ゞ

HPを開設してからパソコン時間をつくるようになったら、日曜も庭に入ることもなくなってしまって・・植木鉢も少しあるので、はっと思い出しては水やりに行く程度であとはほったらかし状態、気がつけば庭は雑草がぐんぐん! 

* 右写真の三太は、やわらかい雑草が敷物になって昼寝するのにちょうど気持ちよさそう。久しぶりに庭でゆったり♪ いつのまにかそれなりに春の装いをみせ始めた花壇の観察をしていると虫がブーンと飛んできた・・もお?♪・・ん?と思うと三太のウンチが目当てのハエだった・・(^_^;) 奥に見えるチューリップとムスカリ、雑草のなかに植わってるみたい・・ 実は雑草が盛り上がって植木鉢が隠れている・・(^_^;)

* 左写真の紫の花はアジュガ。15センチぐらい。コンテナに2〜3株植えて、途中水やりを忘れて枯れかけたこともあったけど(^^ゞ、生きるチカラはすごいねー、こんなに増えてきれいに花が咲いて!
No.75

4月6日(日)  踊るチューリップ


















うちのチューリップは私が12月も終わりの頃に球根を植えたので、花が開くのがおそいです。いまやっとあおいつぼみがみえたとこ。葉も若くピンピンして、両手を上にあげてくるくる踊ってるよう♪ 今はここも雑草と仲良く住み分けしてます。

イタリアンパセリは春になってぐんぐん大きくなってビオラの傘になってしまった・・^^
No.76

4月7日(月)  篠田あきえさん(モデルさん!)のHP♪
槙健一ファンのみなさんは、槙健一HPの「2150BBS」の書きこみで覚えている人が多いと思いますが、モデルの篠田あきえさんのHPができています\(^o^)/

あきえさんは東京で「With」「MORE」「MINE」「CanCan」・・などなどたくさんの雑誌でモデルさんをしています。HPはあきえさんのとってもチャーミングで素敵な表情や撮影風景の写真、雑誌のお仕事の紹介などがいっぱいです♪(^-^)V あきえさんのお友達もきれーいなひとがいーっぱい!

あきえさんは、槙さんが東京の病院に入院通院していた2年ほど前に、同じ病院で同じ病気で知り合ったのです。槙さんはその病気の大先輩なので、あきえさんはいつも槙さんから明るく励ましてもらい、相談相手になってもらっていたのだそうです。

なんかわかるなー、その情景が目に浮かびます(^m^) 槙さんは普段はいつも飄々として(ステージにあがると、キリッとヒトが変わります^^)、自分の病気のことを話す時もひとごとみたいにほや〜と話して気持ちはいつも前向きだし、人に心配や不安な気持ちを抱かせないのです。槙さんとあきえさんとまわりのお友達も、いつも楽しく前向きの話をしていたのだろうなーと想像できます。

いまはあきえさんはとっても元気そう!HPからまわりの方にかわいがられ、大事にしてもらっているのが伝わってきます。愛犬ラスタくんもとってもかわいい!そして以前はずうっと柴犬ちゃんがいたんですって。あきえさんとラスタくんのお散歩写真を見て、ラスタくんの代わりに三太を置き換えて想像してみました(^^ゞ

☆篠田あきえ HP
 http://www.d-shell.co.jp/skd8502/akie_shinoda/index.html
No.77

4月7日(月)  ☆2003.4.7 アトム誕生!
2003年4月7日・・鉄腕アトムの誕生日!ウレシイナ、私と同じ4月生まれ♪

鉄腕アトムの誕生日というので雑誌、テレビ、新聞、ネットでとりあげられて、それぞれにみんなお祝いやら思い出話に花を咲かせているようです。やっぱり日本人ならミッキーマウスの誕生日より鉄腕アトムの誕生日よね(^^)

鉄腕アトムのオフィシャルサイトをちょっとだけのぞいてみました。(もちろん後でゆっくり♪)・・そこの解説を読むと、アトムは1951年4月号から「少年」に連載された「アトム大使」の中で、脇役のロボット「アトム」として登場しているのだそうです。そして1952年4月号から今度は主役として登場、「鉄腕アトム」として新連載がスタートしたのだそうです。そして、TVアニメの最初は1963年〜(4年間、白黒全193話)。2度目が1980年〜(カラー版52話)。3度目が今回2003年4月〜「アストロボーイ・鉄腕アトム」としてスタート、ということです。

漫画「鉄腕アトム」が始まったのは、まさに私が生まれた年の生まれた月。雑誌「少年」のアトムに夢中になっていた少年たちはいま60歳前後・・。TVアニメは私が小学5年生のときに始まっているので、あのテーマソングを一緒に歌いながらずっと見ていました。私より3歳下の弟の方が夢中になっていたでしょう。あの頃丸顔でかわいかった弟もいまは47歳ですものねー、しみじみ・・(^^ゞ 私は後の「ワンダー・スリー」(もちろん虫プロ)も好きでした。♪行け行け、ワンダースリー・・とか歌ってました^^ あの頃のアニメソングはさすがに結構覚えています。虫プロではないけど「狼少年ケン」のアニメと歌も大好きでした。手塚作品を雑誌連載でみていたのは小学生のとき少女雑誌「なかよし」の「リボンの騎士」、高校生のとき「COM」という雑誌の「火の鳥」です。

以前NHKで手塚治虫のドキュメンタリーがありました。この前、アーカイブスかなにかでも見たので私はそれを2回見たことになります。アトムの心は手塚治虫の心なのだと何度も思いました。鉄腕アトムのオフィシャルサイトのトップから「from TEZUKA MAKOTO」にいくと息子さんの手塚真さんの挨拶文があります。みんなが「アトムの心」を抱いて・・と書かれています。そしてHOMEから「手塚治虫が『鉄腕アトム』にこめたメッセージ」にいくと・・・。地球を守るために頑張るアトムと手塚治虫と手塚真の顔を思い浮かべて、胸が熱くなりました。

☆アストロボーイ・鉄腕アトム
 http://astroboy.jp


No.78

4月8日(火)  祝女の子 * 祝男の子
印刷屋さんに頼んでいた印刷物を取りに行った帰り、途中の和菓子やさん「寿福」に寄ってみました。ここの桜餅はもち米ではなくて、桜色の練った小麦粉を薄く焼いて、あんを包んだもの。またあの桜餅をと思って行ったら、「もう桜餅はつくっていません。柏餅の季節になりましたので」と言われて、がっかり・・でもそっか、もう季節と商売は先へ先へ進んでるんだ・・

もちろん気分はさっと変わって柏餅へ♪・・と目をやるとその横になんと、桃かすてらが!!なんで??と思ったらすぐ口に出る私(^^ゞ・・「なんで今ごろ桃かすてらがあるんですか?」と聞いたら、「旧暦でお祝いされるところがあるので、予約注文が入ったらつくるんですよ」とのこと。では、お店に並んでいるのは実際お祝い注文された分の幸せのお裾分け分かなーということで(^^ゞ、柏餅と桃かすてらを買いました♪ (桃かすてらは浜町の松月堂さんでは1年中つくってあるのですけどね)
No.79

4月9日(水)  「こころ」の心意気
NHK朝ドラの「こころ」のヒロインこころちゃんをさわやかに演じている中越典子ちゃん、朝ドラのHPをみるとなんと、佐賀県出身でした!私と一緒♪「こころ日記」も書いている(^^)ますます応援しなくっちゃ!

連続テレビ小説「こころ」は浅草が舞台、このドラマが描きたいらしい“心意気”がそれぞれの登場人物の持ち味で、それぞれ大仰でなしに伝わっていると思う。ナレーターとこころのおばあちゃん役の岸恵子は粋でカッコよく美しいなぁ〜(*^_^*)“心意気”をもったお手本みたいなひと。

あと「こころ」のタイトルバックの写真、いいなーと思って「川内倫子」さんを検索してみました。 《 川内倫子(かわうちりんこ)・1972年生まれ、滋賀県出身、2001年第27回木村伊兵衛写真賞、現在最も期待注目されている若手写真家の1人。写真集「うたたね」「花火」「花子」》・・今度本屋さんで探してみよう♪

タイトルバックの写真と一緒に流れる吉俣良さんの音楽も好きです。ドラマの中で流れるときもじゃまにならず、それでいて私がこころと一緒にときめいたり切なくなったりするのは、吉俣良さんの繊細でやさしい音楽のチカラ大です。ひたひたと?こころを後押しするような音楽にとてもあたたかい目を感じます。音楽にも大仰でない品のよい“心意気”を感じます。

ところで、主人の甥っ子の娘の名前も「こころ」。槙さんの親戚の方のお嬢ちゃんもこころちゃん。ムスコタの同級生にもこころちゃんがいます。呼びかけるだけでもやさしい気持ちになるいい名前ですよねー(^^ )♪


☆連続テレビ小説「こころ」
 http://www.nhk.or.jp/asadora

☆吉俣良 公式ホームページ
 http://www1.odn.ne.jp/cbt68390/index.html
No.80

4月11日(金)  春の雨、、、チューリップとホトケノザ


















今日は一日ひんやり春の雨、、、風も吹いて花水木やもみの木の植木鉢が倒れるくらい。(早く庭に地植えしなくちゃ・・(^^ゞ)植木鉢を風がひどくないところに移して、ついでにデジカメを花壇に向ける(^^)

4〜5日前はあおいつぼみだったチューリップもだいぶん開きました♪今日は雨に打たれたり風に吹かれたりしたけど、春の雨や風はひんやりしてもやさしい感じ・・みんな素直に身をまかせていました。

チューリップより惹きつけられたホトケノザ。花も葉も姿も気品があるなー、微妙な色具合もうつくしい。私の30万画素のデジカメのピントは合っていないかもしれないけど、私のココロのピントはピタッとホトケノザへ! でもチューリップが仲良く一緒に咲いてくれていいコンビネーションをみせているのかも(*^_^*)
No.81

4月11日(金)  春の雨、、、アサギリソウとラベンダー


















2年目のアサギリソウ、冬は地表から上はもちろん枯れてしまったけど、春になったらいつのまにかこんもり。雨の玉をのせてシルバーの葉が一層きらきら輝いてみえました。

鉢植えのラベンダーも薄紫の花が咲いて・・・ああ、それにしても庭の雑草の元気のよさは・・(^_^;)
No.82

4月12日(土)  葉っぱが目につく季節に・・


















昨日から今朝まで降りつづいた雨も散歩の頃にはほぼ止んで、行き交う人も傘をさしていたりいなかったり・・

花もまだまだこれからだけど葉の緑もあざやかな季節になってきました。散歩道のご近所のオオデマリ、花も咲いてきたけど、葉脈くっきりしっかりの葉っぱが目を引きます。三太と写っているのはまだつぼみだけどコデマリ?
No.83

4月12日(土)  明日だワン!


















いよいよ明日は槙健一ビデコン&ウッピー、TATSUMAKI ライブだワン♪

選挙の投票はいつもは三太と夕方の散歩ついでに行ってたけど、明日はビデコン&LIVEがあるので、朝の散歩のときに投票に行かなくちゃね(^^)

数年ぶりに急に昔の同級生から電話がかかってくるのもこの時期恒例・・? でもそんなことでもないと多分ずうっと会うことも話すこともない同級生もいるから、はい、はい、って言って(^^ゞ、あとは昔話や、最近うちはあーでねー、こーでねー、って電話同窓会できるのもいいかもね^^


* 右写真は選挙ともライブとも関係ないけど、去年の暮れに新しく植え替えられた団地バス通りのハナミズキ。まだ花は少しだけ。ハナミズキのりっぱな並木になるのは何年後だろう。ハナミズキ、何十本植え替えられたのだろう?1本の値段がいままでの木の何倍もすると自治会の役員さんが言っていた。・・うちのハナミズキの鉢は小さくても2980円もした(^_^;)
No.84

4月13日(日)  槙健一ビデオコンサート「PEACE BEAT CLUB」編
「槙健一ビデオコンサート&ウッピー、TATSUMAKIライブ」は終演まで5時間近くありましたが、一瞬のよそ見ももったいないくらいビデコンのときはスクリーンに、ライブのときはステージにくぎづけでした。

槙さんが亡くなった後開催されているビデオコンサート・・長崎では第4回目になる今回はピースビートクラブ(PBC)コンサート編でした。PBCは槙さんが発起人となって主催し、賛同するミュージシャンの友情出演で長崎で行われてきた平和ロックコンサートです。第1回は1996年、長崎平和会館でありました。我が家はこのときはテレビで見ました。そして1999年に第4回PBCを初めて生で会場で見ることができました。

第2回、3回は全く見ていないので今回のビデコン、すごく楽しみでした。ビデコンでは第3回、4回を編集してありました。いま思うと槙さんは自分の体調がすぐれないなか、1回目から4回目まで力をふりしぼってこれだけはという思いでPBCを開催し、力のかぎり歌ってきたのだなーと改めて胸が熱くなりました。アップで槙さんのまっすぐに清んだ目を見るとピュアなこころが移って自分までいい人になったような気になります(^^ゞ 天然のおとぼけトークはあいかわらずで、第4回は私も見ていて何を言ったか覚えているのですがやっぱり笑ってしまいます。最後はボランティアの人達もステージにあがって「リボン」でフィナーレです。一番を槙健一が歌い、二番を中村義人(横道坊主)が歌い継ぎ、そして出演者もボランティアの人も会場も全員気持ちがひとつになって大合唱したあのときの感動は、いまも鮮明でついこの前のことのようです。

この「リボン」合唱の感動をその会場の中で味わったのは、私は第4回のときだけでしたが、もちろん、テレビやビデオで見ても感動!です。今回私が初めて見た第3回PBCには「シーナ&ザ・ロケッツ」も出演していましたが、感動の「リボン」フィナーレの最後の最後にシーナさんが槙健一をあたたかく抱擁していました。 あ〜〜、いいな、いいな・・私どっちの立場に立ってるのかわからないけど?とにかく「きゃっ、いいな」と嬉しかったです♪ まあ、槙さんはかわいい弟のようにみえましたし(*^_^*)

さあ!!1999年第4回以来4年のときを経て、いよいよ今年、2003年9月6日・7日 第5回PBCコンサートが開催されます!会場は長崎市公会堂、2日間にわたって槙さん所縁のミュージシャンたちが「LOVE&PEACE」を掲げて熱いステージをみせてくれます。
日本中へ届け、世界中へ届け、「リボン」の歌声、「リボン」のこころ。


* 写真は「リボン」が入っているアルバム「2150 Revolution」の歌詞カードの中の「リボン」歌詞のページ。

☆「リボン」の試聴 * コタパパの槙健一ファンページ
 http://www.cotasante.co.jp/maki 
No.85

4月13日(日)  ウッピーさん、槙健一を歌う 1


















槙さんのデビュー前からの付き合いでレコーディング、コンサートとずっと槙さんと一緒にお仕事をされたギタリストのウッピーさんこと上田和史さん・・槙健一ビデオコンサートのあとはこのウッピーさんの「槙健一を歌う」ライブでした。

1曲目の「太陽少年」・・ウッピーさんはギターを持たないで立って槙さんへの思いを込めてこころを込めて静かに力強く謳いあげ、その歌声はスタジオDO!の会場いっぱいに響き渡り、私達の胸にまっすぐ届きました。その姿、歌声に私はぶるっと震えるくらい感動しました。私は、たとえこの1曲だけしか聴かなかったとしても、上田さんの槙さんへの思いと上田さんという人のまじめな人柄と音楽に対する真摯な気持ちに打たれ、きょう上田さんの歌声、歌う姿を見て本当によかった・・と思ったでしょう。

それがなんとなんと12曲も歌ってくださいました!槙健一の歌を上田和史のなかで消化して上田和史が槙健一に捧げる歌になっていました。すごいです。ただ歌いこなしただけの歌ではないからみんなの胸を打ちました・・・


* 右写真は槙健一の「太陽少年」を熱唱するウッピー、上田和史さん。

* 左写真はウッピーさんと槙友博さん。
ウッピーさんは槙さんとずっとお仕事されていましたが、他にも例えば、SMAP、中山美穂、西田ひかる、平松愛理、大橋純子など多数のアーティストのコンサートツアーにギタリストとして参加されています。また、東京自由学園のギター実技・理論の先生でもあります。SMAPの全国ツアー参加は今年3年目で、もちろん東京ドームなど各都市最大の会場で演奏されています。☆SMAPのコンサートに今年の夏行く方はギターのウッピーさんをさがして声援送ってくださーい\(^o^)/

☆ UPPY−PAGE * コタパパの上田和史ファンページ
 http://www.cotasante.co.jp/2150/uppy/uppy.htm 
No.86

4月13日(日)  ウッピーさん、槙健一を歌う 2


















とにかくウッピーさんはサービス精神も旺盛で、ホントに音楽ダイスキ!!って感じでたくさんおしゃべりもして、たっくさん槙さんの歌を歌ってくださいました\(^o^)/ 私が前にBBSでさりげなくリクエストしていた「止めて My Heart」もブルースアレンジで歌ってくださいました♪(^-^)V これは主人のコタパパが特に大好きなのですが(^^ゞ・・ラテンのカーニバル風だと楽しくて踊り出しそうになるし、ブルースアレンジだとJazzyでお酒傾けたい雰囲気になります。どっちのアレンジも曲がいいからGood!こんなことからも槙さんの作曲才能はスゴイ!と思います。ウッピーさんもお気に入りでこの日歌われた「バナナムーン」のようにプロもうっとりする名曲揃いですよね♪

ウッピーさんがギターの先生をしている学校の生徒さんの間でも槙さんの曲が好まれて、「口笛も聞こえない街」など練習曲になっているそうです。うちの中学生のムスコタも大好きで時々自分の部屋で槙さんのCDをかけながら一緒に歌っています(^o^)

ウッピーさんライブだけで1時間半・・でももっともっと聴きたかったし、一緒に楽しみたかったです。ウッピーさん、また長崎に来てくださいねー\(^o^)/


☆コタパパの「TATSUMAKIファンページ」でライブの写真がたくさん見れます。
 http://www.cotasante.co.jp/2150/TATSUMAKI/
No.87

4月13日(日)  「LOVE SONG」


















ウッピーさんとたつろうさんのサポートで友博さんが歌った「LOVE SONG」は、槙さんがウッピーさん、宮本ちかしさんとユニットを組んだバンド「R.E.D」のアルバムに入っている曲で、自然と体が左右に動いて手拍子を打ったり指をならしたくなるご機嫌で洒落たラブソングです。我が家で行った槙健一ライブでいつも必ずといっていいほど歌われていた曲なので、槙さんがこの歌を歌ういろんなシーンを一緒に思い出してしまいます。

サポートのウッピーさんとたつろうさんのあたたかな目に見守られて、友博さん本人は一生懸命歌っていました。槙友博が歌う「LOVE SONG」・・すごくよかった!友博さんにはこれからもバラードやしっとりしたラブソングもたくさん歌ってほしいな(^^ )♪ 

No.88

4月13日(日)  TATSUMAKI ライブ 1


















ウッピーさんのライブの次は「TATSUMAKI」の登場ですが、今日の彼らは一層気合が入っていて気迫さえ感じました。友博さんは練習で声がかれていましたが、歌うときは前にポーンと声が出て歌詞もクリアーに気持ちと一緒に届きました。「Red pepper guitar」や「Voice」など“TATSUMAKI ROCK”?の曲のときはアクションも頑張った!よかった!!\(^o^)/\(^o^)/ コタパパも大喜び!目を細めたコタパパの笑い顔を友博さんに見せたかった!もちろん会場のみんなが大喜びしている顔と気持ちはステージの「TATSUMAKI」には見えましたよね!

そして、お兄さん、お父さん、お母さんが今日の友博さんを見たら・・!!音楽に厳しい兄健一さんは2階の陰からでもステージの弟友博さんを見て、だまってうなづいて嬉しさを隠しきれず笑顔いっぱいになっていたでしょう。お父さんとお母さんは後でビデオかなにかで見られたら、お母さんはまた泣いて、今度は大笑いされるかも(^o^)
No.89

4月13日(日)  TATSUMAKI ライブ 2


















この日のライブで歌われた「KAGAYAKI」「Sexy monkey」「僕は思う」は槙健一が作曲していたものに(「KAGAYAKI」は1番の歌詞だけ槙健一が作詞していました)、槙友博が作詞をして「TATSUMAKI」で完成させた作品です。

うちの中学生のムスコタが帰りの車の中で「今日初めて聴いた曲が1曲あったけど・・」と言うので「ああ、『僕は思う』やろ?」と言うと、「そうそう、『僕は思う』・・全部いい曲やけど、あれ、いい曲やったね。俺、好き」と言いました。私も「いい曲やったねー、お母さんも大好き」と言いました。
No.90

4月13日(日)  ウッピー・TATSUMAKI セッション


















Electric Guitarを弾くウッピーさんはまさに水を得た魚以上!!
なんてカッコいいんでしょう!!ウッピーさんが今度長崎でライブされるときはぜひぜひ演奏もたくさん聴かせてくださいねー\(^o^)/

「TATSUMAKI」のたつろうさん、友博さん、ヨーコさん、ちーくん、しょーへいくん、こーへいくん、聴かせて見せて笑わせて泣かせるバンドは滅多にありません。これからも楽しませてねー\(^o^)/

No.91

4月13日(日)  「リボン」 * TATSUMAKI バージョン


















「槙健一ビデオコンサート&ウッピー・TATSUMAKIライブ」のフィナーレはもちろん「リボン」・・・ ウッピーさんは先のステージで英語バージョンを歌われました。もともとは「核兵器廃絶−地球市民集会ナガサキ」の里さんの発案で、里さんがHPで「リボン英訳ページ」をつくってみんなに呼びかけたのです。里さんと有志の間で試行錯誤の上まとめられた英語版「リボン」なのですが(里さんの行動力と情熱粘りに脱帽!)それを?(ウッピーバージョンを?)ウッピーさんが披露してくれたのです。

私個人の考えは英語版「リボン」は2パターンあってもいいと思います。
@外国の人に本当の意味を伝えたい場合・・直訳ではなくても槙健一の詞により近づけた英訳「リボン」も場合によっては必要かなと思います。
A一般市民みんなで歌う場合・・元の詞からは離れても大事なところはきちんと伝え、簡単で誰でも歌える(たつろうさん言うところの)英語想詞の「リボン」です。

TATSUMAKIバージョンは最後のサビの繰り返しの部分だけたつろうさん作詞の簡単な英語想詞になっています。(私の中学程度の英語力で歌えるように、とのBBSでのお願いをたつろうさんが聞いてくださったのか(^^ゞ?)

“今日のたーめに / 明日のたーめに / 永遠のー / た〜めに”の部分を“Every day / Everyone / I love You love / Love & Peace”と歌います。ばっちり合いますね!私もすぐ一緒に歌えました♪(^-^)V みんなで歌うときはこのTATSUMAKIバージョンがいいみたいですね。次はフリつきでみんなで合唱しましょうねヽ(^o^)丿 

* 左・・「リボン」を熱唱するウッピーさんと友博さん。
* 右・・マイクを手に自ら場内アナウンスをするスタジオDO!のオーナー、たつろうさん。この日は燃える「TATSUMAKI」のバンドリーダー。順に、こーへいくん、ちーくん、しょーへいくん。

☆2003年9月6日・7日 第5回PBCコンサート 長崎市公会堂
☆2003年11月23日 ピース・ビート スペシャル・ライブ 長崎平和会館ホール (第2回核廃絶−地球市民集会ナガサキ スペシャル・ライブ)
http://www3.ocn.ne.jp/~gca.naga/2003/2003pbsl.htm
No.92

4月14日(月)  槙さん、ウッピーさん、TATSUMAKI へ ありがとう♪


















恥ずかしくて持っていけなかったけど、ホントは花束にして持っていきたかったうちの庭に咲いたチューリップ(*^_^*)
No.93

4月16日(水)  生サラダ!


















(三太)・・春だな〜、草がみずみずしくておいしそうだな〜♪
今朝は散歩の途中、食欲がでてきたぞー!
No.94

4月18日(金)  団地下の散歩道 1


















ムスコタパパが犬の散歩に出かけるのは10/365日ぐらい?もっと行ってるよ、と言われてもこの倍は絶対行ってないでしょう。真夏や真冬は仕事が忙しくて??まったく出かけないし・・(^^ゞ

まあ、とにかく三太にとっては久しぶりに緊張のお散歩日になりました(^_^;)
もうアザミもきんぽうげも咲いてます。
No.95

4月18日(金)  団地下の散歩道 2


















(三太)・・お父さんとは緊張するなー、ハァ・・
「つけ」とか「ひだり」とか、急に「とまれ、すわれ」とか言われるんだもん・・・
でもとにかく散歩はいい気持ち♪
No.96

4月18日(金)  団地下の散歩道 3


















散歩道途中の野いちご・・赤い実まであと少し!
ここは犬のおしっこがかからない場所なので後で採りに来よう♪

よそのお庭の木の根元に咲いている薄黄色の可憐な小花・・野の花?

No.97

4月19日(土)  長崎のマスコミ人による音楽イベント♪ 1


















長崎の新聞やテレビの労働組合でつくる「長崎マスコミ・文化共闘会議」が主催して、歌やダンスなどで平和への思いを表現する“We are the NAGASAKI〜長崎から平和の心を〜”と題した音楽イベントが出島ワーフで開かれました。

主人のコタパパBBSに里さん(核兵器廃絶地球市民長崎集会実行委員会)が告知してくれたのですが、出演される川田金太郎さんにお会いしたいなと思って主人とふたり出かけました。というのも金太郎さんはいまNHK長崎の「がまだせ5」(月〜金 夕方)の司会をはじめ多方面で活躍されているのですが、去年の槙さんのお葬式にみえていたので機会があったら一度ご挨拶したいと前から思っていたからです。

金太郎さんと槙さんとの出会いは1999年の福田サンセットマリーナでのクリスマスライブのときだそうです。ステージで一緒になって音楽や平和への思いを話すうちにすっかり意気投合したのだそうです。その頃は我が家も槙健一の追っかけを始めていたのですが、福田サンセットマリーナのときは用事でどうしても行けず涙をのんだ思い出があります。だから金太郎さんと槙さんの接点がわからなかったのですねー(*^_^*)

* 金太郎さんとコタパパ
* 右は会場のパブ&カフェ セント・アンドリュース・ジガー・イン(出島ワーフ2F) tel.095-824-9293

☆川田金太郎さんのHP * ひまじん倶楽部
 http://www1.ocn.ne.jp/~himajin/
No.98

4月19日(土)  長崎のマスコミ人による音楽イベント♪ 2


















この音楽イベントを主催した「長崎マスコミ・文化共闘会議」の議長さんがKTNアナウンサーの松永友幸さんとか?「長崎から平和の心を」ということで、長崎のマスコミ人が一緒になってのこのイベントはとてもいい企画と思ったのですが、この日はあいにくの悪天候で一般参加者が少なくて残念でした。

金太郎さんと松永さんの真面目な一面にもふれ(松永さんのおとぼけ生ダジャレもたくさん聞けました!)おふたりのオリジナル曲を何曲も聴けてよかったし、いまの私たちの平和をかみしめ、世界の平和を願ったひとときでした。

司会進行の平野さんはNBCのベテランアナウンサーさんで、あとどこかで?と思ったら、槙健一の「リボン」が平和の歌として紹介された去年の地球市民フォーラムで司会をされていた方でした。この日はNBCタップダンス教室のメンバーとしてタップダンスの披露もされました☆(^o^)☆

* 左写真はシンガーソングライターの金太郎さんと、タオルはちまきのシンガーソングライターアナウンサーの松永さん。
* 右写真のタップの先生(前)の後ろが平野さん。
No.99

4月19日(土)  雨にけむる出島ワーフ


















金太郎さんと松永さんのライブの最後はジョン・レノンの「イマジン」・・松永さんが1番を英語で歌って、金太郎さんが2番を自分の感性で日本語の詞をつけて歌われましたがとても自然でよかったです。そして最後の最後には「あの素晴らしい愛をもう一度」をみんなで歌って終わりました。

ほんとは中央広場であるようになっていたのですが、雨のため会場を提供してくださったというお店の「セント・アンドリュース・ジガー・イン」は名前が長くて一度で覚えられなかったけど、お店もオーナーさんもスタッフさんも感じよかったのでもう名前覚えました(^-^)V
お店の場所は出島ワーフ2F(写真で真ん中正面)tel.095-824-9293
No.100

4月19日(土)  「ナガサキピースミュージアム」開館!


















長崎出身のさだまさしさんが8年前に提唱して募金活動されていた「ナガサキピースミュージアム」がこの日開館しました。丁度出島ワーフへ向かう車のなかのラジオで、市内のホテルで報告会を終えたさだまさしさんへのインタビューを聞きました。

8年間で約1億円募金が集まったのだそうです。我が家もささやかですが、毎年8月6日(広島原爆投下日)に稲佐山で開催されているさだまさしさん主催のコンサートに行ったとき必ず募金しました。また、以前うちのスタッフとして長年勤めてくれたYさんがご主人とふたり熱心なさださんファンなので、最初のときからこの計画をYさんから聞かされて募金していました。

去年とおととしの稲佐山コンサートのときはさだまさしさん、佐田玲子さんも客席に下りて募金を集めてまわり、去年はなんとムスコタが大好きな加山雄三さんまでも客席で募金を集めてくれ、さださんが大変恐縮していました(*^_^*)

もっと前の年から自分たちが客席で募金集めてまわってればよかったねー、などと冗談言いながら、去年の稲佐山で、「来年まず建物だけ建てます。そうしてそこからいろいろつくっていきます」とさださんが話していました。その建物「ナガサキピースミュージアム」は募金の約半分をあてて松が枝町に建設され、港を向いた方にグラフィックデザイナー福田繁夫さんデザインのモニュメントが建っています。さださんの「精霊流し」の音符をデザインしたものだそうです。

☆ナガサキピースミュージアム (名誉館長 原田泰治さん)
1Fの展示ホールには世界の紛争が起きている場所にシールを貼った地図や写真パネルを展示。1Fホールは展示やイベント用に無料で貸し出しもされるそうです。入館無料  9:30〜17:30 月曜休館。

☆NPOナガサキピーススフィア貝の火運動 HP
 http://www.nagasakips.com/
No.101

4月21日(月)  藤の花の下・・・
朝の三太との散歩でも家に戻る頃にはちょっと汗ばむ季節になりました。
散歩道のお庭から張り出した小さな藤棚ですが、ちょっと足を止めて見上げるとなかなかりっぱな藤の花!薄紫の贅沢な日除けにさあっと汗がひきました。











No.102

4月22日(火)  「フルフルのデジカメたまにっ記」
「フルフルのひとことたまにっ記」は、タイトルを今日から「フルフルのデジカメたまにっ記」に変えました(*^_^*)














No.103

4月26日(土)  カティア・ゲレイロ 「至上のファド」
ああ、まだカティアの歌声、笑顔、姿、会場の手拍子、聴衆の笑顔が私のなかで渦巻いています。

「カティア・ゲレイロ」・・1976年生まれで今年27才になるポルトガルのファドの新星でヨーロッパで人気急上昇中。今年5月のパリ公演チケットもすでに完売だそうです。アマリア・ロドリゲス以来、ファドのファンの方々が口々に絶賛し、興奮と期待をもってカティア・ゲレイロの登場をまさに諸手を上げて喜んでいるようです。私の主人がその通りなのです(*^_^*)

今回は日本でカティアの『至上のファド』というCDを発売している「ラティーナ」という会社の企画で日本公演が実現したようです。といっても東京で2公演のみ、それがなんと、私たちは長崎県西彼杵郡西海町の西海町総合福祉センターで一番前の席で、数歩歩けばカティアとぶつかる位置でカティア・ゲレイロを見れたのです!

東京と西海町とどちらが先に決まったのかいきさつは知りませんが、西海町の方は「ルイス・フロイス横瀬浦来航440周年記念コンサート」ということでした。西海町のHPをみるとルイス・フロイスのことが詳しく紹介されていたり、西海町ポルトガル友好倶楽部というのがあったりします。カティアのコンサートの司会をされていた役場の方?もポルトガル語でカティアに話しかけていましたので、ポルトガルといまも民間交流を続けているのかなーと思いました(*^_^*)
ちなみにルイス・フロイスは31才のとき1563年7月に横瀬浦に入港し日本第一歩を印し、65才で日本で病没するまで、16世紀後半の日本諸事について厖大な記録を残しているそうです。

こういうゆかりのある土地だからこその迎え入れる空気は非常にあたたかいものがあり、町民総出で歓迎というより里帰りを待ちわび喜んでいる身内のような西海町のみなさんでした。

☆ LATINA * 月刊ラティーナWEBサイト
 http://www.latina.co.jp/
☆ 西海町ネット
 http://www.saikaicho.net/index.html
No.104

4月26日(土)  カティア・ゲレイロの指紋
「カティア・ゲレイロ西海町公演2003」があった4月23日はあいにくの雨、車で西海町に向かうときもかなり激しい雨脚に遭ったりしました。雨の中、かなり手前の分かれ道のところから何ヶ所かで、オレンジ色のジャンパーのスタッフの人達が道を誘導してくれて方向オンチの私達もスムーズに会場にたどり着くことができました\(^o^)/

主人と私は真っ先にCD「至上のファド」を買い、開場をドアの前で待って開場と同時にさっと一番前の席に行きました。主人は家からマジックを持参して係員らしい人にサイン会があるか聞いたら、それはないとのこと・・でもあきらめる主人ではありません(^^ゞ  カティア本人にはもちろん会えませんでしたが、主人の熱意はとうとうカティアのサインをカティアの指紋?つきでゲットしました♪(^-^)V 主人は「カティアの指紋だっ♪」と喜んでいますが、ケースを自分で開けるかなー?でも私もいまもCDケースの指紋、拭かないようにしています(^^ゞ

ところで、明らかにファドは初めてという人が多そうな西海町総合福祉センターの素朴な手作りのステージに現れたカティア・ゲレイロ。ゥオオ・・と思わずみんなから声があがりました。体にフィットした真っ白のブラウスの襟元には上品に光る大きなブローチ、ふんわり広がったロングスカートは黒で裾に同色で刺繍か飾りがついています。とっても知的で堂々としていて、それでいて初々しい恥じらいもみえて、人を和ませ引きつける笑顔とやさしいこころがにじんでいました。

演奏が始まるとと顔を上げ、手を後ろに組んで朗々と謳いあげ、私はまるでヨーロッパの由緒ある大劇場でコンサートを聴いている気分でした。そして歌い終わると、恥ずかしそうにニコッと微笑んで、ちょっと横向きに伏し目気味に佇んで演奏が始まるのを待っています。この姿がとってもチャーミングで、私は曲が終わってカティアがフワーと微笑む度に主人をつついて「かわいいねー」と目配せしていました(*^_^*)そうして休憩をはさんで第2部、今度は肩を出したエンジ色の光沢のあるドレスで登場。またまたゥオオー!のどよめきにカティア恥ずかしそうにニコッ^^ そして1部2部で23曲!・・・もうすっかりファドを堪能しました。そしてアンコール、アンコールで更に2曲3回も歌ってくれました!!

ポルトガル・ギターのパウロ・ヴァレンティン、ギターのジョアン・マリオ、コントラバスのロドリーゴ・セラウンの演奏もすばらしかったです。ポルトガル・ギターの音色には震えました。そして演奏のすばらしささりげなさは歌を引きたて、一流の伴奏家とはこのことかと感動しました。音響もよかったです♪

私はファドはどうということもなかったのですが、実はこのコンサートのチラシをみつけたのは私。ある喫茶店の掲示板に貼ってあったのですが、主人がファドを好きで、でもいまは聴きたい歌手がなかなか出ていないと言っていたので、メモして帰って主人にみせたのです。主人はカティア・ゲレイロって聞いたことないなー、と言いながらインターネットで検索して試聴をするやいなや目を細めて「お〜、やっとファドで聴きたい歌手が出たぞ、コンサートに行くぞ!」と言ったのでした。

カティア・ゲレイロのファドは私のように特にファンではなかった者でも感動させる力と心をもっていました。音楽はまさに世界の共通語ということを実感してじーんとしました。上品で穏やか、純粋な気持ちで自分のファドの世界を表現しているカティアだから、私や初めてファドを聴いたという人でもみんなが感動して、あの楽しげな鳴り止まない大きな手拍子になったのでしょう。カティアや演奏のみなさんも笑っていました・・歌いにくいほどだったかもしれません(^^ゞ 会場も笑いながら自分のリズム感を考えるより先に、おじいちゃんもおばあちゃんも全員手拍子をせずにはいられないというような、弾んだ力のこもった手拍子でした。440年前にルイス・フロイスを迎えて持ちつづけた友好の気持ちが、いまも西海町の人に受け継がれているのかなーとも思った感動の夜でした。

☆長崎西海ゆめ広場のHPで、とってもチャーミングでフレンドリーなカティアの素顔が写真でみれます。西海町とポルトガルの関係者の方の懇親会がとっても楽しそうです。
http://www.yumehiroba.ne.jp/html/f1.html
No.105

4月28日(月)  モッコウバラ


















ご近所のモッコウバラです。
ガーデニング1年生のフルフルは、ご近所のお庭で気に入ったお花を少しづつ買ってうちの庭にも植えています。

うちのモッコウバラの苗も少しつるが伸びて、ささやかですがクリーム色のやさしい花が咲きました。

右写真の一番奥にみえるのはJさん宅のヒトツバタゴの木です。
No.106

4月29日(火)  ヒトツバタゴ


















ご近所のJさんのお宅のヒトツバタゴの木。
毎年私が楽しみにしてながめに行っているので、写真を撮っていたらJさんが出てきて、「うちの2階から撮ったらぁ?」と言ってくれて2階へ案内してくれました(^^ゞ

うわ〜っ、花が葉っぱの上の方に咲いているので下からみるより白い花がたくさんみえるのねー♪ 感激!! Jさんありがとう\(^o^)/

ヒトツバタゴは上対馬鰐浦の自生群落が有名で、雪が降り積もったように白い花で山全体覆われた光景は海に映えて、別名「海照らし」ともよばれているそうです。私も実際に見に行きたーい!

この前、夜三太と散歩で通ったら、このJさんのところのヒトツバタゴの白い花が、月明かりにぼうっと浮かび上がって、とても幻想的な光景でした。
No.107

4月29日(火)  記念樹


















このヒトツバタゴの木は実はJさんの息子さんが生まれたときの記念樹だそうです。だから今年息子さんと同じ25年になるそうです。

いまは息子さんは東京でコンピューターのお仕事とか。息子さんをみるようなやさしい表情のJさんでした。

そしてヒトツバタゴは上対馬の群落が有名なので、以前そんな話をしていたら、やっぱりJさんのご主人は対馬のご出身でした^^ お庭にヒトツバタゴの木があったら、結構対馬の方かも・・・
No.108

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