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2004年1月の日記

1月1日(木)  申年
新しい年が明けました。2004年の今年は申年です。申年といえば、22年前に他界した私の母が1920年の申年生まれでした。祖母は寅年、私は辰年というわけで、松田家の女はトラ、サル、タツとそろって元気がいい、勇ましい?と言われました。ちなみに男は祖父から弟までウマ、ウシ、ウマ、ウシ、ヒツジと並んで、松田家の男は穏やかでやさしいと言われ、じいちゃん、とうちゃんは尻に敷かれとるとよそからも言われ、父たちもそうだそうだと笑っていました。

笑顔は救いです。カカア天下でも母はいつもケラケラ笑い、尻に敷かれていても父はにっこり笑っていました。どこの家庭にもそれなりに山も谷も花も嵐もあると思いますが、それを乗り越え救うのはやっぱり笑顔だなぁと思います。誰かが笑顔を見せると自然とつられて笑顔になります。笑顔は伝染するのですよね♪ 

モンチッチの笑顔は、こどもの無邪気な自然な笑顔そのものです♪ うちのムスコタの笑顔も実に天然で?かわいいです。中3ですから、にくたらしいときもありますが、寝顔と笑顔はいまでも天使のようです(*^^*) このまえ部屋に入ってきたムスコタを見て(あ!モンチッチだ!)と思いました。そういえば私も昔モンチッチに似てると言われてました・・。(似てないよぉ)と思っていましたが、30年近く経って、わが息子をみてやっぱり私似てたのか、モンチッチに、、と納得・・(^^;
今年もたくさんの笑顔に出会いたい(*^^*)
No.334

1月3日(土)  お正月にちょっと考えたこと
永六輔さんの聞き書きを新聞紙面にみて、なるほどと私も納得するところがありました。『日本の道を考える』というテーマについてだったのですが、いくつかお話されている中で私も思ったことは、日本人の宗教観についてでした。

お正月を考えてみても、その前のキリスト教のクリスマスにはじまり、仏教の除夜の鐘、神道の初詣、お年玉は儒教(これは初耳でした)と、あらゆる宗教がごく普通に生活習慣になっているのは世界中で日本だけというのです。永さんは、このことは日本人の宗教観が低いと恥ずかしがることではなく、むしろ全世界に誇っていいこと、日本ではすべての宗教が仲良く共存している、世界平和のサンプルが日本にある、と世界に知らせるべきだと言っています。

ひとりひとりの宗教観というのはそれぞれ違っていて自由でいいわけですし、お正月に代表されるような生活習慣にもなっている宗教観の、日本人のそのおおらかさは私は好きです。でもそれはこの島国の特異な文化のひとつなのかもしれませんから、なかなか他の国では真似できないし、その精神は理解し難いかもしれません。でも平和を望まない人はいないはずです。自分の国の文化や自分の大切にしているものは大切に残しつつ守りつつ、世界中が平和になる道をそれぞれ謙虚に、手をとりあって考えなければならないのかなーと思います。


☆写真はお正月にちょっと考えたことと関係ありませんが、ご近所の畑のえんどうです。いままで気付かなかったけど、えんどうって冬(秋の終わり?)に種を蒔かれて芽を出しつるをのばして、厳寒期を乗り越えて春を迎えるのですね!へぇー、強いんだぁ・・とちいさな感動♪
No.335

1月5日(月)  初外食

















ムスコタのリクエストで、住吉チトセピア近くのとんかつの「あさ川」へお昼ご飯を食べに行きました。主人が独身時代からよく行ってるところです。

とんかつ定食600円。とんかつはもちろん、みそ汁もたくあんもおいしくて、ご飯はいつもほかほか♪ そして、ムスコタのもうひとつのお目当てはここのにら玉子とじ200円。出てくるなりあっという間に食べてしまって写真に写す間もありませんでした(^^; うちでにら玉子とじ作るたびに、「ちがうんだよねー」と言われてしまいます(^^ゞ
No.336

1月7日(水)  七草粥
春の七草を自然の中に見つけに行こうと思ってもなかなかそろうものではありません。ところが、いまはお店で簡単にパック入り七草を買うことができます。そんなにしてまでと思う気持ちもありますが、ここ数年、私も七草パックを買っておりました(^^ゞ せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ・・これぞ七草。 http://www.hana300.com/haru77.html

今年は買いに行くのも面倒だし、以前みたいに家にある野菜を集めて土鍋いっぱい七草粥をつくりました。粥になってしまえば同じようなものです。三杯目のおかわりの頃には体ぽっかぽか♪ ちょっとまた食べ過ぎてしまいました(^^;
一応数えて七種類集めた野菜は・・にら、しいたけ、こまつな、はくさい、しゅんぎく、しろねぎ、だいこん(すずしろ)・・これも七草くさぁ♪〜f(^_^)
No.337

1月10日(土)  背高泡立草

















あら、きれい!シブイ!と思ってたまたま持っていたデジカメで写してきた写真・・なんの花だっけ?と思って改めて見てみると、これは「セイタカアワダチソウ」・・ですよね!!(・・って感激してるのは私だけかなー(^^ゞ)

私が“お助け花調べ”として重宝させてもらっているサイト「季節の花 300」によると、セイタカアワダチソウは『北アメリカ原産の帰化植物。戦後、各地で大繁殖。繁殖力が強すぎてかえって自ら繁殖力を弱めている、との説もある。花を、酒を醸造するときの泡立ちに見立てて、さらに背丈が高いので「背高泡立草」。草木染に利用されることもあり、染めるために煮立てると名前のとおりに泡が立つらしい。いろんな「泡立ち」。秋の花粉症の原因にもなっている。』とのこと。 http://www.hana300.com/index.html

・・繁殖力が強すぎてかえって自ら繁殖力を弱めている・・なるほどそういえば、昔のようにセイタカアワダチソウがどこにもここにも我がもの顔で繁殖していってるという光景はあまり見られなくなったような・・。そういえば、このごろは私のまわりでもひっそり楚々と咲いている光景を多く思い出します。昔は日本の自然の風景にあまり似合わないとか、古来の植物より強すぎてその繁殖力を嫌っていた感がありますが、植物たちはやはり長い年月の間にうまく調整しあって共生していくようになったのでしょうか。

花が終わった冬のセイタカアワダチソウってほんとに白い泡がついているみたい・・その姿に日本的な渋さも感じて、そうかぁ、背高泡立草も長い年月かけて日本の風景に溶け込んできたんだなぁ・・と思ったのでした。
No.338

1月11日(日)  鬼火焚き〜1

















今日は鬼火焚きがありました。ああ、ちょっと遅かった・・行ったときはもう火はちょろちょろ(^^ゞ はい、三太も火に当たってね・・今年も元気でいこうね(*^^*)

それにしても、団地に住んでいながらこういう行事があるというのは、田舎育ちの私にとって嬉しいことです。まわりを山に囲まれてはいますが、竹を提供してくださる方がいないことには毎年続けるのは難しいことです。その方や、自治会の地域に対する思い、こどもたちに伝えようという思いに感謝です。

でも私も以前2年間自治会役員をして、鬼火焚きも準備お世話する側になることがあったのですが、一番楽しんでいたのは準備している役員たちのようでありました(^^ゞ 丁度私の世代を真ん中に、30代40代、60代70代の人たちがそれぞれの古里を思い出しながら、童心に帰るひとときでもあるような・・(*^^*)
とにもかくにもこの一年、無病息災みんな無事でありますようにと祈りました。
No.339

1月11日(日)  鬼火焚き〜2

















「おばちゃ〜ん」の声に振り向くと、先に自転車で行ったムスコタが友達と近づいてきました。むむ、声の主はムスコタです。「お椀と箸、余分に持っとらん?」「持ってきとるよ、はい」と言ってビニール袋を渡す。

やっぱり・・遊びに出るとなると俄然はりきってリーダーシップをとるムスコタのこと、自転車で飛び出して友達にメールして鬼火焚きに呼び出したはずですが、友達はぜんざい用のお椀と箸の用意まではしてこないだろうと思って、ムスコタ母はお椀を4個持って行ってたのです(^^;
No.340

1月11日(日)  鬼火焚き〜3

















私の田舎では鬼火焚きのことを「ほんげんぎょう」とか、面倒で?縮めて「ほんげんぎょ」とか言ってました。その火でもちを焼いて食べると一年病気をしないといわれ、田舎では五徳と網を持ち寄ってみんなでもちを焼いて食べていました。

団地では自治会で大鍋ふたつにぜんざいを用意します。もちは炭で焼いてぜんざい鍋に入れていきます。団地の鬼火焚きも、みんな思い思いの場所でぜんざいを食べながら、立ち話をしたりくつろいだりと気楽でいいものです。

右写真のもち焼き風景のブロック穴に数本立っているのは竹筒で、その中にはお酒が・・。炭の熱で丁度いい燗がついた頃には竹の香りもぷーんとついて・・こりゃたまりませんよね(^^ゞ やっぱり鬼火焚きを一番楽しみにしていて、そして楽しんでいるのは、昔こどもだった人たちのようです(^^;
No.341

1月13日(火)  ぶるぶるっ(>_<)
今日の最高気温6度。前日が最高気温13度だったので余計にぶるぶるっという感じです。積もるのでは?というくらいの勢いで雪が降っても長くは続かず、でもまた降っては止み降っては止みというはっきりしない一日でした。

寒い日に我が家にもサブいシャレかと思う話題が・・(-_-;) なんと・・ムスコタが三学期の学級委員になったというのです。推薦される訳がありません・・母親の予想通り、誰もなる人がいなかったのでムスコタが手をあげたのでした。先生もお困りでしょう・・(>_<) 自分からすすんで「なります!」と言う生徒に、あの教育熱心な真面目なやさしい先生が「君はダメです」とは言えなかったでしょう(^^;

思えば、ムスコタにはこういうところがあるようです。小学生のときのことですが、グループ学習で班長を決めるとき、みんなイヤダイヤダというので、ムスコタが「じゃあ、僕がやる」と言ったそうです。そしたら女の子たちが目の色変えて「だっめーーっ!!それなら○○ちゃん・・」と急にみんなで話がまとまっていったそうです。また、父兄参観日に体育館でコーラスの発表会があったときも、誰も指揮をしたがらないのでムスコタが手をあげて指揮をしたそうです。私はその時仕事で遅れて見れなかったのですが、知人がキャッキャッと笑いながら話してくれました。「なんで早く来なかったの。息子の晴れ姿、カッコよかったよー。(そんなわけない)ちょちょっと歌と合わんかったけどねー♪(ほら、やっぱり)」 あのときの先生も「ダメ」と言わないやさしいおおらかな先生でした。

似たような話はまだ他にも・・そして似たような人間も思い出しました・・はい、ムスコタ母でした。最後につい手をあげてしまうところが、ですが・・(^^;
No.342

1月14日(水)  枯草色
冬草に見惚れます。枯草色に心が落ち着きます。
江戸時代には“枯れ野見(かれのみ)”といって郊外の冬枯れの野の景色を見に行くことが行われていたそうですが、そんなことを聞くと、私の中にもそういう日本人の遺伝子が生きてるのかしら、なんて思ったりします。・・f(^_^)
No.343

1月14日(水)  冬の花
1月14日の誕生花は、私が調べたところではスイートピーでした。花言葉は「繊細、優美、デリケートな喜び」だそうです。・・デリケートな喜び、ってどんなんでしょうか?(^^; とにかく主人の誕生花はスイートピーなのでした。

早く調べていればスイートピーを買っていたかも。誕生ケーキを買いに行った帰りの花屋さんで、最初スイートピーにパッと目がいったのです。でも5本250円の赤いバラの方につい引き寄せられてしまって・・f(^_^)

でも今日の写真は朝の散歩道の水仙です。冬に咲く花は、可憐でも芯が強そうにみえます。
No.344

1月15日(木)  なんの樹?
いつもの散歩道からちょっと小道を入ったとこですが、若葉の季節でもないのに、ぱぁっと目が覚めるような黄緑の葉っぱが・・!

常緑樹?でも落葉しそうな葉っぱのつき方・・なんだか夢の中で会った樹のようにみえました(^^ゞ


No.345

1月17日(土)  朝の月
午前7時の月。山の稜線が白みかけても暗い南東の空には月がまだ輝いています。上の方にちょこっと光っているのがお月さま(^^; 私の30万画素のデジカメではやっと点・・(>_<) 今日のお月さまはこんな形→http://www2s.biglobe.ne.jp/~n_iwai/Luna.cgi
ちなみに東の山から太陽が顔を出したのは8時50分でした。

No.346

1月17日(土)  諏訪神社〜1

















諏訪神社にちょっと遅い初詣。まあ、嬉しい♪大吉でしたぁ!
主人は小吉でしたが、用心しながらの方が丁度いいでしょう(^^ゞ 一応?受験生のムスコタは大吉、ほんとに吉と出て欲しいこれからです(>_<)

主人は実は?感謝の人のようです。何お祈りしたの?と聞くと、いつも「いままでのお礼」といいます。お願いはしないらしい・・。私もまず(家内安全ありがとうございました)(世界中が平和になりますように)と手を合わせますが、やっぱり(またいろいろよろしくお願いします!)と手を打ちます。ムスコタはなにやら長いこと手を合わせていました。随分具体的なお願い事をたくさんしていたのでしょうか・・(^^; 

「えらい長かったねー」と聞くと、「うーん、おじいちゃんの写真持ってお祈りしとったら長くなった・・」と言うのです。まあ・・こんなとこだけは感心。そういえば、改まって出掛けるときはいつもおじいちゃんの写真入りキーホルダーを一緒に持って出ているみたいです。小さいときからずっとおじいちゃんとふたりでぶらぶら出歩いていたので、いまでもおじいちゃんも連れて行こうと思う気持ちが自然に出るのでしょう。おじいちゃん、勉強と生活態度はとほほですが、おじいちゃんが連れ回っていたときのまんまをいっぱい残してるムスコタですから、そこんとこは安心してにっこり見ててくださいねーf(^_^)
No.347

1月17日(土)  諏訪神社〜2

















諏訪神社にお参りに行ったら月見茶屋〜そりゃあセットですもんね♪ 
そして、セットといえばうどんとぼたもちもね! おじいちゃんも大好きでした。

長崎は猫が多い。どこの猫ちゃんなのか諏訪神社にも猫がたくさん。この猫ちゃんは見覚えあるわぁ(*^^*)
No.348

1月19日(月)  ラストダンスは私に
三太と散歩しながらいつも知らず知らず鼻歌を歌っています。歌に全く自信のない私は人前では歌いませんが、鼻歌は自然と出てきます。この2〜3日出てくるのは『ラストダンスは私に』です(*^^*) なんでかというとNHKテレビの朝ドラ『てるてる家族』の中で歌われて印象に残ったのです、きっと(^^ゞ

『てるてる家族』は明るくてほのぼの、音楽も散りばめられていて楽しく、私が好きな番組ですが、藤村志保演じるおばあちゃんヨネさんがとうとう先週土曜日に亡くなりました。枕もとに集まった家族に微笑みながら「楽しかったぁ、ありがとさーん」と言ってヨネさんは息をひきとりました。私もあのように微笑みながらサヨナラしたいものだと思いました。

ドラマではおばあちゃんの臨終に立ち会えなかった夏子の楽屋に『ラストダンスは私に』の曲が流れ、鏡の中に現れたヨネさんがやさしく夏子の肩を抱き微笑みかけ「いつでも私がここにいることだけ、どうぞ、忘れないで・・」と歌いかけます。それからミュージカルシーンに変わり、ヨネさんの藤村志保と若いときに先に亡くなったご主人の岸谷五朗(二役)が登場してふたりで『ラストダンスは私に』を歌いながらダンスシーンが始まります。きもの姿のヨネさんで歌う藤村志保の歌に(きゃっ、かわいい♪)と思ってしまいました。

『ラストダンスは私に』が越路吹雪によって歌われた頃、私は中学生だったでしょうか。あの頃の越路吹雪はブラウン管の向こうの、うんと大人の女性で『ラストダンスは私に』という歌も中学生の私との間には距離があり、歌ったりしたことはその後もありませんでした。それが『てるてる家族』で、ヨネさんの藤村志保が歌う『ラストダンスは私に』を聴いて、こんなにチャーミングな歌だったのか、だれにも当てはまる家族愛の歌にもなるのかと一気に距離が縮まって愛唱歌に?なりそうな感じです♪(^^ゞ
No.350

1月21日(水)  大寒〜1

















散歩に出るとき雨が降っていたので傘をさして出ました。ふと前方の山を見ると、もう白くなっていたので(山は雪だわ、、)と思いながら歩き始めると、たちまち雨はみぞれになり雪に変わりました。この団地も山だった・・(^^;

No.351

1月21日(水)  大寒〜2
昔は“南天に雪”をよく見たけど、最近は“ピラカンサに雪”・・(^^)d
No.352

1月22日(木)  旧正月の雪〜1

















中国の旧正月を華僑の人たちで祝っていた春節祭が市をあげてのお祭りになった長崎ランタンフェスティバル、今日(旧元日)から始まって2月5日まで。点灯式も見たかったけどとにかく寒すぎて・・それに降ったり止んだりとはいえ一日中雪降ってました。

朝、ムスコタはバス停まで行きましたがバスは運休で、あとから自宅待機の電話連絡網が回ってきました。戻ってきたムスコタの姿が見えないので、もう一度布団の中かと思ったら着替えて外に出ていました。雪だるまを作るつもりで雪を集めていましたが・・椅子に座って思案中?(ほんとにヘンなヤツ・・(^^;) → 道に「KOTA」と書いて・・雪だるまはどうしたの?
No.353

1月22日(木)  旧正月の雪〜2

















団地の外。団地の中。
No.354

1月22日(木)  旧正月の雪〜3

















散歩道の蝋梅(ロウバイ)の下。雲の切れ間に青空がのぞいて、花びらの黄色が明るく透き通って綺麗でした。雪をのせた冬の花は凛として清々しい美しさです。
No.355

1月23日(金)  残り雪〜1
未明にかけて降った雪は少しのようでしたが、昨晩からの路面の凍結のためか、今日もうちの団地はバスは来ませんでした。で、うちのムスコタもバスが動いている団地下の国道まで歩いて行きました。三太と散歩に出たら、団地のあちこちから学生服の中学生たちがばらばら国道へ向かっていました。

←ここの階段もこんなにたくさんの人が通るなんてめったにないことです、、わぁ、、(^^;


No.356

1月23日(金)  残り雪〜2

















山も道も雪はだいぶん溶けてきました。三太は雪の下の土の匂いと感触を求めて?何回も蹴りあげていました。
No.357

1月25日(日)  曇り時々雪、時に晴れ間

















わぁーっと雪が降ってきたかと思うとお日さまが顔を出したり、なんだかはっきりしない天気の一日でした。

ちょっと晴れ間がのぞいたお昼、ムスコタのリクエストで吉野家の牛丼を食べに行きました。BSEによる米国産牛肉が輸入禁止になって、今月いっぱいで?吉野家から牛丼が消えるとかいうニュースで、吉野家に行列ができている光景をテレビで見たからでした(^^ゞ

No.358

1月25日(日)  新旧交代
私は自分んちの牛丼が絶対おいしいと思うのですが、ムスコタは「吉野家の牛丼」というブランドに弱い?みたいで結構お気に入りでした。

私は外でほとんど牛丼は食べなくて、今日も新メニューのカレー丼をたのみました。私のをちょっと味見したムスコタ・・「うーん、ピミョウだけど、まあまあかな」との意見でした。ムスコタはこの日だからというわけではなく牛丼並盛2杯。以前は特盛をたのんでいたのですが、並盛2杯と価格的にあまり変わらないなら並盛2杯の方がたくさん食べられるというわけで・・(^^ゞ それにいま特盛は販売中止になっていました。

それにしてもさっと写したデジカメ写真、あら失敗・・ムスコタの右手が写ってるぅ(^^; ああ、あの箸の持ち方・・仕事にかまけて子育てが大雑把だった私が悪かったぁ(>_<)
No.359

1月26日(月)  野鳥
団地は山に囲まれているので、野鳥もいっぱい見ます。りっぱな庭木がたくさん植わっているお隣の庭には一時ひよどりが巣を作って住んでいた?ことも♪

この日の散歩では向こうの木に大きな鳥が止まっていました。私のデジカメ写真では・・左の木の中ほどの白い点・・(^^ゞ



No.360

1月31日(土)  ランタン〜崇福寺通り

















ランタンフェスティバル10日目。ランタンには毎年大体ひとりで行っている私ですが、今回は丁度無料招待ライブにムスコタと二人で行くことになったので、ランタンも久しぶりの親子二人連れとなりました。長崎出身のバンド「ストレイテナー」のライブは身動きできないほど若い人でいっぱいでした。そろそろ腰がいたた・・という頃に終了(^^ゞ 会場のBe−7を出ると、ムスコタがトルコライスを食べたいというので、お店をいろいろ知らない私は「つる茶ん」へ。ランタンの観光客が多いためか8時過ぎの「浜勝」の前に行列ができていました。

「つる茶ん」は(あ、よかった、列ができてない)と思って入ると3階に案内され、上がるといやな予感・・テーブルの上にずらっと白い紙ナプキンが並んでスプーンが置かれたままじぃーっとガマンの表情のお客さんがだまーって十数人・・(^^; 私とムスコタは物置きになっているカウンターをあけてもらって、そこに座ってじぃーっとガマンの仲間入り。皆さんと一緒に40分ほど待ちました。でもその間にムスコタに携帯メールの仕方を教えてもらったり練習したり(^^ゞ ムスコタに「でもお母さんはすぐ忘れるよ。習っても使わないとね。繰り返しやって慣れないとね」とどこかで聞いたようなことを言われてしまいました(^^ゞ

まあそんな訳で、いざランタンというときはもう9時を過ぎていました。まず、ここのランタンだけは毎年♪とワクワク楽しみにしている崇福寺に行ってみると・・ああ、、なんとランタンは消灯していました!(>_<)

☆2004長崎ランタンフェスティバル http://www.nagasaki-lantern.com/
No.361

1月31日(土)  ランタン〜館内

















崇福寺の次に好きなのが館内の唐人屋敷跡めぐり。ランタンが連なる細い裏道のほの暗い石段を歩くときがたまりません(*^^*) 

でもここも土神堂の門を閉めているときでした。9時半頃だったでしょうか。赤いスタッフジャンパーの人に崇福寺の消灯時間を聞くとはっきりとはご存知なくて「8時30分か9時かだったと思います」ということでした。ここでは、スタッフの人が上の天后堂に門を閉めに行くまで少し時間があるぞ急げ〜ということで石段を駆け上がっていく元気な観光客のグループがありました(^^;

先の崇福寺でも観光客の方がランタンが消えていてがっくり肩をおとしておられました。今年のランタン案内チラシのようなものを見ていないのですが、各見所の消灯時間などは書いてあるのかしら?とふと思いました。
No.362

1月31日(土)  ランタン〜湊公園

















もともとは長崎に住む華僑の人たちが中国の旧正月(春節)を祝っていた春節祭・・長崎ランタンフェスティバルとして市をあげての冬のお祭り行事になって今年で11回目になるようです。

ランタンメイン会場の湊公園。まずは線香をあげてお参り♪ 写真はありませんが、ここの飾り物というかお供え物がすごいんです(^^; 豚ちゃんの頭の丸焼きがい〜っぱい・・(^^; 本物なんでしょうねぇ?

No.363

1月31日(土)  ランタン〜申年オブジェ

















私がランタンフェスティバルに初めて行ったのは実は4年前の2000年。私の干支の辰年のときでした。今年11回目だということは2000年は7回目だったわけですが、それまでは仕事がすごく忙しかったりで、地元でありながら行ったことありませんでした。

その年の干支をメインオブジェとして真ん中に飾るようになったのはいつからなのでしょうか?メインオブジェは大体いつも8メートルぐらいの高さのようです。今年は申年にちなみ「孫悟空」です♪
No.364

1月31日(土)  ランタン〜オブジェ

















龍が天駈けてます。右のおとぼけ鳥人?は何だろう?・・f(^_^)
No.365

1月31日(土)  ランタン〜写す

















フルフル愛用の30万画素のデジカメ、夜のランタンにはさすがに連れて行けません(^^ゞ この日ばかりは主人のデジカメを借りて行きました。でもどんなカメラもいろんな機能を使いこなせない私にはバカチョンカメラと一緒です(^^;

ムスコタはケータイであちこち写していました(*^^*) 
No.366

1月31日(土)  ランタン〜食べる

















10時過ぎても角煮まんやマーラカオ(蒸しカステラ)には長蛇の列。バスの時間を気にしつつ、ランタン消灯の時間を気にしつつ、急いで出店のはしご。

出店目的のムスコタは一応満足したようでした(^^ゞ
ムスコタパパには角煮まんをおみやげに買って帰りました。
あ、右の写真はカレーちくわです♪
No.367

1月31日(土)  ランタン〜春夜灯影
新地中華街を中心に観光通りアーケードなど色鮮やかなランタンがびっしり飾られています。そんな灯りの絨毯も素敵ですし、館内の細い路地の石段や崇福寺通りなどにぽつぽつと燈る灯りの帯も趣きがあって素敵です。

最後に、私の中でランタンを見ると必ず流れてくるBGMがあります。それはジャズピアニスト小國雅香さんの「春夜灯影」です。東京から故郷に戻った小國さんがランタンフェスティバルを見て初めに作った曲は「春節祭」です。もちろんランタンに欠かせない曲として有名で、去年は「筑紫哲也NEWS23」にも生出演されて二胡のウェイウェイウーさんと「春節祭」を演奏されました。

その「春節祭」も大好きですが、翌年作られた「春夜灯影」を聴くといつも、館内の裏通りや唐人屋敷跡のしっとり静かなランタンの夜の情景が私の中にもくもくわいて広がります。こんなにぴったり素敵な曲はありません♪(*^^*)

☆2004長崎ランタンフェスティバル http://www.nagasaki-lantern.com/
No.368

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