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2008年1月の日記

1月28日(月)  今日のカフェでは・・・

普通の喫茶店では必ずコーヒーを注文するのですが、エスプレッソ・マシンを使っている喫茶店では「カフェラテ」を注文することが多くなりました。

今日行ったカフェは道ノ尾の西友1Fのアイスクリームがメインのお店です。西友に買い物に行ったときはこの店で一休み、家内はアイスで私はカフェラテです。ここのカフェラテは、まろやかな味でおいしいのです。昨年までは陶器のカップに入れて出ていたのですが、最近は紙コップになりました。これで味は半減しましたが・・・・ 人員削除で仕方ないのでしょうね(^^;

このお店のエスプレッソ・マシンはどこのメーカーなのだろうと気になって、従業員の方に訊くと丁寧にマシーンの商品番号や販売会社まで教えてくれました。このお店の女性はみなさん感じいいのです。(^^♪

帰って早速マシンの価格がどの位するのかインターネットで調べました。このカフェラテをカップに入れて自宅で飲めるなぁ・・・業務用だから結構な値段するのだろうなぁ・・・・ ○○万円くらいだったら買うぞ〜 と思いながら・・・・

ネットに会社のホームページと商品紹介ページはありましたが値段が書いてありません。値段が書いてないのは大体高価なものが多いですから、嫌な予感を感じながらメーカーにカタログをメールで送信してもらうことにしました。

その結果・・・ エスプレッソ・マシンを6機種書いてあります。値段は260万〜90万円。このお店の機種が一番安くて90万円でした。

この味のカフェラテは、このお店で味わうことにします。紙コップは我慢だな(^^♪
No.254

1月26日(土)  還暦同窓会

今月還暦を迎えました。60才という数字を見ると自分がそんな年齢になったことを驚いてしまいます。どうも頭のなかの精神年齢は学生時代からあまり変わっていないようです。(内面は未成熟だということかも(^^;

昨年は中学校、高校、大学の同窓会が開催されましたが、全て「還暦同窓会」でした。毎年、合気道の文集に何かの一文を書いていますが、昨年は昔を思い起こして「私たちの世代のこと」を書きました。(写真は、緑ヶ丘小学校6年4組)

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思い起こせば・・・

同窓会があり、卒業後数十年ぶりの再会をしてきました。時の流れは、肌に、頭髪に、ウェストラインに隠しようもなく(シワ、ハゲ、デブの状態になったということでしょうか。)ゲストで招待した先生なのか同級生なのか判断に困る人もいます。でも、よ〜く見ると面影があり、話してみると学生の時のまま、変わってないようで・・・・ 変わったのは外観だけのようです。

私たちの世代は、1947年、1948年の生まれ、いわゆる団塊の世代です。この1947年から1949年生まれは、約800万人(厚生労働省の統計)というからその多さに驚きます。ちなみに、前後の世代である44〜46年生まれ(464万人)や50〜52年生まれ(591万人)の数を、大きく上回っています。

小学校では生徒が多すぎて教室に入りきれずにクラスを午前と午後に分け、別々に授業を行う“二部授業”も経験しました。教室が足りず、お菓子の博覧会に使われたプレハブの会場をベニヤ板で区切り教室にしていました。トタン屋根で、下は土でしたから、冬は寒くて、みんなで炭を持ち寄って暖めていました。そして、体育の時間はグランド作りの作業ばかりが多かったことを思い出します。

最近はいろんな「団塊の世代論」が語られているようです。「ウィキペディア」に「団塊世代の特徴」が、性格から政治姿勢などまでかなり詳しく述べられていますが、一部だけ抜粋してみます。

《 強い競争心 》
同世代の競争が激しい
感情的で自己主張が激しく自分勝手
議論好き
理屈好きだが根拠に欠ける

と書いてありましたが、私の性格とはずいぶん違うようです。他人と「競争」をしようと思ったことはないし、議論は大嫌いです。理屈は嫌いではないけれど、根拠がないと理屈は述べません。しかし、自己主張はかなり強い方でしょうか。800万人の人達の性格や生き方をひとくくりにして総括できる訳がありません。

若い世代からは、バブル崩壊後に「勝ち逃げ世代」などとバッシングされることが多くなったようですし、「嫌われた世代」として論じられることも多いようです。しかし「戦後をつくってきた世代」であることは間違いありません。多数の人が定年となり第二の人生を迎えることになりますが、まだまだ元気、いろんな意味で日本の社会、経済に影響を与え続けていくでしょう。
No.253

1月25日(金)  今日行ったコーヒーショップ ひいらぎ


大学病院へ友人の見舞いに行った後、浜口の「コーヒーショップひいらぎ」へ。20年ぶりくらいで久しぶり行きましたが創業47年目を迎えるそうです。昔と外観は変わっていませんが店内は完全にリニューアルされていました。

コーヒーショップひいらぎ
http://www.hiiragi-1960.com/
No.252

1月24日(木)  今日行ったカフェ cafe' de Gino


時間があるときはよく行く喫茶店のひとつです。

長与のシーボルト大学前、まなび野の森というガーデンショップ「風花」の中にあります。大きいカップにたっぷりのコーヒー、アンティーク調の家具、サンバやボサノバの音楽が流れていてゆっくりくつろげます。

http://www.kazahana.com/mori/index.html
No.251

1月24日(木)  32年前の今日

32年前の今日は、こんな事をやっていました。
スタートした会社のお披露目イベントです。
改めて見ると、そうそうたる顔ぶれです。d(^^)b

第一回 おはよう舎まつり

1976年1月24日(土) PM 5:40開場 PM 6:10開演
新宿西口安田生命ホール

●出演者
東 君平
やなせたかし
見城美枝子
崎南海子
はらたいら
南沙織
のこいのこ
小倉一郎
岡田奈々
喰始
吉見佑子
森本レオ
光本義光
西村知江子
小森豪人

●ギター 山口修
●人形劇 チト
●ローディ 阿部茂樹
●写真 一の瀬ゆきひろ
●舞台美術 長田道生
●ポスターデザイン 杉本範茂 本信公久
●企画・構成・製作・プロデュース 東君平 小森豪人 内田和博(おはよう舎)
No.250

1月21日(月)  見苦しく、滑稽で、情けない・・豊真将の礼

武士の風貌、若手の中でも期待している豊真将ですが、その「礼」は全く「みっともない」の一言です。
勝負がついた後の豊真将の「礼」は、勝っても負けても背筋を伸ばし、深々と頭を下げます。しかし、頭の下げ過ぎです。(^^;

頭を下げればいいってもんじゃないのです。負けても誇りをもって頭を下げる礼、立礼も座礼も相手を視界に残し礼をするのが武士の礼なのです。

相手の姿を視界からはずし、深々とする礼は「申し訳ありません」という謝罪の礼です。豊真将の礼は、いつも謝罪の礼で情けないのです。

と思っているのは僕だけでしょうか。
ネットでの口コミを見てみると、豊真将の礼を褒めている書き込みばかりのようです。(^^;

例えば・・・

●力士の中には残念ながら、決まりだから一応するよというようなおざなりの礼の人もいるのです。そうした中で豊真将の礼は見るものも襟を正すように美しいのです。

●両手を伸ばして真横にキチッと付け、正しい おじぎのお手本のような礼をします。

●深々とした礼も含めて、一目惚れでした。豊真将のその「お辞儀」は、非常に美しい。

●武士を思わせる堂々とした風貌で、また勝ち負けに関係なく、取り組み後に深々と礼をする所作が清々しい。

礼に始まり礼に終わる”これが日本の国技、相撲であるはずです。相撲道が理解できない外人相撲取りが増えている中で、日本人くらい礼を始めとする相撲道のしっかりした所作を実行して、見本を示して欲しいものだと思っています。
No.248

1月19日(土)  今日行った喫茶店


浜屋百貨店の中にある梅月堂。

その後「老舗の味と技 加賀百万石展」へ。21回と書いてありましたが、もう21年も続いているのでしょうか。美味しそうなものばかりがあって、あれもこれも買いたくなりました。(^^♪
No.249

1月18日(金)  ほのぼの童話

「おはよう童話」の、ほのぼのした絵と文は心あたたまります。ひとつ紹介しますね。

流れ星        絵と文 東 君平

夜になって、やっと雨があがりました。
森の空にキラッキラッと、星がかがやきました。
葉っぱの上でも雨のしずくが、空の星のようにキラッキラッと光っていました。ミミズクのこどもが、おとうさんとならんで、高い枝にとまっています。

「なんだか、ほっとするな」

おとうさんのミミズクが、ひとりごとのようにつぶやきました。
こどものミミズクは、おとうさんのいったことがよくわからないので、だまっていました。

「おとうさん、お星さまって生きているの?」
「生きているさ。ほら、キラッキラッて、動いてるだろう」

こどもは、よーく星をみつめました。

「ほんとだ」
「星のこどもはおまえのように遊んでばかりはいないんだぞ」
「ほんと?」
「ほんとさ、おとうさんやおかあさんのおてつだいをするんだよ」

そのとき、星が一つ流れました。

「あっ、ほんとだ。星のこどもがおつかいにいった」
No.247

1月16日(水)  おはよう童話

先日の草思社のニュースから昔を思い出しています。

1976年、脱サラした私は、画家として、童話作家として人気のあった君平さんの協力を得て「おはよう舎」を設立、出版をメインとした会社をスタートしました。当時はまだ静かな街だった原宿に事務所を構え、熱い青年の心意気でいっぱいの28才でした。

最初に発行した「おはよう童話」は、東君平さんのライフワークともいえる作品で毎日新聞に1日1話として連載されていたものです。

切り絵で白黒だけで表現され、ショート童話は必ず小さなオチがあって、ほんわか心あたたまる、なんともいえない気持ちいい読後感で、今でもたくさんのファンがいます。この童話の連載は君平さんが1986年46歳で急逝されるまで14年間続きました。
No.246

1月13日(日)  栄枯盛衰

1976年頃だったでしょうか、『マザー・グースのうた』がヒットして草思社という小さな出版会社が脚光を浴びました。

その後『声に出して読みたい日本語』『間違いだらけのクルマ選び』などのベストセラーを出して成長していたようでした。その草思社が経営破たんに追い込まれ民事再生法の適用を申請し、負債額は22億を越えるとのことです。

1975年、私は銀行員、27歳の頃です。長崎でのマンネリ化した毎日が嫌で、その生活を打破すべく、博多支店への転勤願いを提出しました。人事部長は「あなたが決めたら後に引かないからねぇ。」と言いながら、二つ返事で了解してくれ、直ぐに博多へ転勤が決まりました。福岡から東京は近くなって、休みの日には東京へ遊びに行くことが多くなり、東京で事業をしたいという気持ちになっていきました。

1976年、小さな会社だった草思社が『マザー・グースのうた』の大ヒットで大きく成長する様を見て事業をすべく独立する決心をしました。「俺も一旗あげてやろう!」などという単純な発想だったのかもしれません。(^^;
No.245

1月12日(土)  人生の扉

「私のいのち歌にこめて〜金沢ジャズシンガー30年目の帰郷」というNHKのドキュメンタリーを見ました。末期がんと戦う彼女の生き様をドキュメントしたものですが、戦うというより病気を受け入れて今を楽しんでいるというように感じました。

アメリカで30年間活躍していましたが、6年前からがんの治療のため、ふるさと金沢で活動するジャズシンガー浅田一美さん(65)愛称はローラ。

末期がんながらも、明るく力強い歌声で同年代の女性たちをひきつけ、周りには、ふるさとで出会った仲間の輪が広がっています。竹内まりや作曲の「人生の扉」という歌を好きで、自らの歩んだ人生に置きかえ歌っています。がんの進行で胸筋が衰え声量が落ち、ピアノを弾く指も思うように動かなくなりながら力いっぱい歌いあげます。

「人生の扉」は竹内まりやの歌で知っていたけど、ローラさんの歌は弾き語り、シャンソン風の感じですばらしく引き込まれました。改めてこんないい曲だったのかと感じました。(^^♪

再放送 NHK総合2008/2/1  8:00〜

ローラ浅田
http://vibracao.info/artist/lola/index.html

人生の扉 竹内まりや (後半にフルコーラスあります。)
http://jp.youtube.com/watch?v=bNPr7gGDdXA


ローラさんが歌っている歌詞は、彼女が自分なりのものに変えているので少し違います。竹内まりやも50歳を過ぎたのですねぇ。(^^♪

作詩:竹内まりや 作曲:竹内まりや

春がまた来るたび ひとつ年を重ね
目に映る景色も 少しずつ変わるよ
陽気にはしゃいでた 幼い日は遠く
気がつけば五十路を 越えた私がいる
信じられない速さで 時は過ぎ去ると 知ってしまったら
どんな小さなことも 覚えていたいと 心が言ったよ

I say it's fun to be 20
You say it's great to be 30
And they say it's lovely to be 40
But I feel it's nice to be 50

満開の桜や 色づく山の紅葉を
この先いったい何度 見ることになるだろう
ひとつひとつ 人生の扉を開けては 感じるその重さ
ひとりひとり 愛する人たちのために 生きてゆきたいよ

I say it's fine to be 60
You say it's alright to be 70
And they say still good to be 80
But I'll maybe live over 90

君のデニムの青が 褪せてゆくほど 味わい増すように
長い旅路の果てに 輝く何かが 誰にでもあるさ

I say it's sad to get weak
You say it's hard to get older
And they say that life has no meaning
But I still believe it's worth living
But I still believe it's worth living
No.244

1月9日(水)  今日の喫茶


私は喫茶店が好きで、学生時代はJAZZ喫茶、サラリーマン時代はゆっくり出来る喫茶店で友人とおしゃべり。1980年頃は毎日2、3回は喫茶店に立ち寄っていたようです。

最近は行く回数は減ったけど「美味しい珈琲の飲める喫茶店」を探して、新しくオープンした店には必ず行ってみることにしています。

今日行った喫茶店は、ケーキ専門店で喫茶もある滑石の「ベルジュ」このお店は商売っ気がないのか、オーナーの考えなのか看板が目立たないので、何度行っても入り口を探さなければ分かりません。(方向と地理オンチの僕だけかもしれませんが・・・(^^;)

なかなか味が定まらないケーキやさんが多い中、今のところはコタ家のお気に入りでX'masケーキや誕生ケーキはこのお店からです。アイスクリームもおいしいです。
No.243

1月4日(金)  カフェ豆ちゃん

眼鏡橋の近くに、新しくオープンしたお店。とても感じのよい店内、おいしい焼きたてのパンとスープとコーヒー。グー(^^)b

オーナーのブログ
http://d.hatena.ne.jp/cafemame/
No.239

1月4日(金)  初詣


少し遅れて今日、諏訪神社へ

今日は暖かい日。正月三が日が寒かっただけに今日は参拝者が多かったみたい。毎年「昨年は、ありがとうございました。」と感謝のお礼をして、お願い事はしない主義だけど、今年は「家族みんなの健康」をお願いしました。

私たち夫婦も歳を重ねてくると、毎日の体調が快調!とはいかず身体のあちこちにひずみが出始めているようです。(^^;小太郎も昨年から車の運転をするようになり、なんとも心配で・・・。

おみくじは僕も家内も「大吉」でした。
この数十年、めったに「大吉」だったことはなかったので、今年はいいことあるかも。d(^^)b
No.238

1月2日(水)  年賀状 2008


昔は家族写真の年賀状なんて恥ずかしい!と
思っていたのに、小太郎が生まれてからは
元気な様子の家族写真が一番いい!

なんて、考えが変わって今年も家族写真です。

でも、小太郎が大きくなってから家族3人の
写真をなかなか撮ることがなくて、いつも年末の
年賀状を書く時に慌てて写真を撮ります。

撮った写真を見て、それぞれの批評?グチ?は

「年とったら写真撮られたくないよね〜」と私
「私が前にきてるから顔が大きくなってる〜」と家内
「まっ、いいんじゃない」とクールに言いの残して
去っていく小太郎。三太だけは無言デス(^^♪
No.242

1月1日(火)  健康と韓流ドラマの話は続く・・・・


本家にある仏壇へお参りするため隔月1日は兄夫婦が住んでいる本家へ行きます。

世間話の話題というと、やはり健康のこと。

「ここが悪くて病院に行ったら・・・・・」

「私はここが調子悪い・・・・」

もう恥も外聞もなく体調の悪いところの自慢?話です。(^^;

延々と続いた健康の話から、ドラマの話になったかと思うと、今度は韓流ドラマの話が延々と続きます。

「あれは見た?」「これは見た?」

「あれはおもしろかったねぇ。」

「健康」と「韓流ドラマ」の話で3時間ほども続く世話話・・・・幸せだということですね。(^^♪

最近放送されている数ある韓流ドラマの中で一番おもしろいのは「チュモン」。というのがみんなの総評でした。・・・・・やっぱり幸せな世話話です。

チュモン
http://www.kntv.co.jp/prog/dra/p0246.php
No.297

1月1日(火)  本年もすばらしい一年になりますように。

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No.237

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